おんなのため息

~聡子の場合~

 

電車に乗り空席を見つけると聡子はぐったりと座り込んだ。

1時間ほどの車中で読むつもりだった本を開く気もおきない。

 

聡子の母は一人暮らしだが、聡子と姉が嫁ぎ、父が亡くなってからも元気で、聡子や姉がたまに実家に行くと

「そんなに帰ってこなくてもいいわよ。わたしも忙しいから」などと言い、身の回りも小奇麗にしていた。

それは姑と同居をしている娘達を気遣っての言葉とはわかっていたけれど、そんな母にすっかり甘えていた。

 

しかし、先日久しぶりに実家に行ってみると家の様子が変わっていた。

綺麗好きで、いつもきちんとしていた部屋が散らかり、台所の流しも使った食器がそのまま置かれていて、鏡台の上に乱雑にネックレスが散らばっていた。

 

「どうしたの?母さん」とテレビの前に座っていた母に声をかけると

「転んで腕を捻じったみたいで」と、いたずらが見つかった子どものように母は笑った。

「大丈夫なの?」さっそく食器を洗いながら訊ねると

「大丈夫。もうかなり良くなった。でも、ネックレスが自分で出来なくて」

 

ああ、あの鏡台の前のネックレスはそういう訳だったのね。

おしゃれな母が、一人でネックレスの留め金に苦労している姿を思うと聡子は切なくなった。

 

買い物に行って夕飯を作ると、母はすぐに

「子ども達が学校から帰ってくるのだから、もう家に帰りなさい」などと言う。

子ども達は姑に頼んではきたけれど、それほどゆっくりもしておれず、洗濯物を畳み、簡単な掃除をしてから聡子は帰り支度をした。

ほんとは泊まりたい。でも、今は子どもに手がかかるし・・・

 

 

次回は泊まろう、と自分に納得させて後ろ髪を引かれる思いで実家を後にした。

 

気がつくと電車の外はすっかり暗くなり、仕事や学校で疲れた人々の顔が窓ガラスに映りこんでいる。携帯にメールが入った。母からだった。

「今日はありがとう。痛みは無くなったから心配しないでね」

そしてガッツポーズの絵文字が入っていた。

聡子は苦笑して、そして小さなため息がでた。

やがて電車の外に聡子の降りる駅の明かりが見えてきた。

子ども達の笑顔が浮かび、聡子は立ちあがった。 

 

風 薫の前作品もお読みくださいませ。

ちょっとティータイム
境内日記
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春風さん・1
春風さん・2



 

 

 

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