境の名所・史跡 ⑥猿島茶と野村佐平治 

2017年12月11日 21:23

境町の茶作りは、江戸時代の初めに行われていたことが「茶検地」という記録からわかります。  この記録は、徳川家康が江戸入りしてから約50余年後の1658年の若林村の茶検地(中村正己文書)です。茶検地は茶畑に茶銭という年貢(税金)を賦課するために作成されたものです。

 当時の茶畑は、現在見られるような「茶園」というよりは、「(けい)(はん)茶」という畑の周囲に植えつけられたものが多かったようです。

 江戸時代後半になると「天保の飢僅」におそわれ、米の値段が暴騰しました。農家の貴重な収入源であった猿島茶は他産地との競争などの結果、値段が徐々に下がるなか、山崎七軒の野村佐平治(又は佐五右衛門)は製茶の改良に乗り出しました。

1837年、当時15歳の佐平治は江戸の茶商(山本山)を尋ね、宇治茶の製法について教えを受け、「喜撰(きせん)」や「山本山」などの製茶を購入し、江戸から帰り、後に江戸茶商、古木屋(ふるきや)佐平の店先に「江戸の(はな)」という商品名で売り出しました。

佐平治は永年製茶技術を研究した結果、1883年に神戸で開催された「共進会」で銀杯を授与され、「製茶指針論」を著して、

1897年に緑綬(りょくじゅ)褒章(ほうしょう)を受章したのち、1902年に80歳で没しました。この間、猿島茶の技術向上に努めた人です。(文責 郷土史家 中村正己)

 

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